今日の妄想

 最近本当に一人でいる時間が長い。
一人でいると、自分で産み出したものだけで色々考えなきゃいけないから、
どんどんおかしいことを考えるようになる。
そして、自分が人生に与えている価値が下がるような気がする。


 昨日あたり、ホンマにおかしかった。
いつも車を運転するとき、
事故って人生終了した時の恐怖を忘れないように心がけてるんだけど、
昨日はその恐怖が全く無くて、事故った現実をたやすく受け入れる自分が想像できて、
むしろそのことに恐怖を感じてしまった。
人生の価値が下がると、考え方が決定論的になる。
「事故ったなら事故ったで、それでいいじゃん」みたいなコトを本気で考えてしまう。


 だから、今日は人間と会話する時間が結構あって、嬉しかった。
久々に人と話すと、ただ話しているだけでも、
他人が自分の相手をしてくれているという事実が、
たまらなく幸せに感じる。


 それは、自分の相手をしている相手を見ることで、
自分が存在していることを確認できるからだと思う。
そして、全く別次元に生きるはずの他人と自分が、
相互関係を持っているということが、世界の仕組みを複雑に見せ、
単純な決定論的考えを否定してくれるからだと思う。


 そう思えると、やはり世界の運命は決まっているのではなく、
自分には意思があって、それによって運命は変わる、と錯覚できる。
人生や自分の意思に価値を与えられる。
「他人思う、故に我あり」だ。


 世界はカネとコネだというけど、最近つくづくその通りだと思う。
どちらもないと生きていけないし、それさえあれば生きていけると思う。