遊ぶためにデキる男になりたい

 いかに仕事*1を効率的に片付けるか、というのを考えるのはとても楽しいし、仕事のできる人間を見ているとかっこいいと思うし、出所不明の向上心が沸いてきて燃えるんだけど、じゃあ「効率的な人間になってどうしたいのか」というのを冷静に考えると、別に人生あたりの仕事量を増やしたいからではなくて、人生あたりの仕事時間を最小化したいからなんだと気付いた。言い換えれば、仕事量を増やしたいのではなく、遊べる時間を増やしたいのだという話。色々考えた結果、僕にとって、お金を貰って働く時間というのは、責任を伴う時間つまり他人に迷惑をかけうるストレスに晒される「耐えるべき」時間であって、責任lessな時間つまり気ままに遊べる時間こそが人生の本体であるという結論。僕の思考回路では、一時期目指していた「仕事=好きなこと」という結論には行き着かなかった。どうまわって考えても、お金を貰うことによって発生する責任こそがあらゆるストレスの根源であるという結論になってしまうからだ。
 だから僕には、

・仕事時間固定で効率的人間にはその分多くの仕事が降ってくる環境

よりも、

・仕事量固定で効率的人間はその分早く帰って遊べる環境

の方が適しているのだと思う。これは別に仕事しない人間を目指しているのではなくて、単に「どこまで効率化しても仕事量が増えるだけで帰る時間は一緒」てのが嫌だという話。ちなみに今僕は仕事量・時間とも全て自分でコントロールできるので、色々試せて面白い。朝から「今日は早く帰る」と決めておくと物凄く集中できるし、やることが多すぎると余計なものを探して捨てることもできる。気楽気楽。責任が無いって本当に気楽だ。


 あ、明日からまた忙しいのでしばらく消えます。本当は毎日書きたいことがたくさんあるんだけど、卒論終わってみたらなんかやることが増えまくってた。まぁ、半分くらいは自分で作った予定なんですけどね。

*1:僕のトコの院生たちは「文献読み・実験・論文作成」から構成される理系院生の学業をなぜか「仕事」と呼んでいる。給料無いのに。