性格検査の理不尽さ

とりあえず奇病からは回復しました。お騒がせ。


 研究と就活の両立がしんどすぎる。とにかくめんどいのが試験対策だ。ES書きと面接に関しては自分のデフォの能力で対応可能だけど、試験だけは対策をしないと落ちる。アホらしいのは、その試験ができたところで人生の他の場面においては一切役に立たないというところだ。さらに、数学や国語の問題を対策するならまだしも(まぁこれは実際必要だと思う、残念ながら)、性格検査でも対策が勧められているところが本当に救いようがない。
性格検査を素直に答えるのは間違っているの?
適正検査 ライ・スケールについて再確認
↑二番目の記事によると、

(1)バスに乗車し座ったときは、常にお年寄りに席を譲る。
(2)一度決めたら、どんなことがあっても決してあきらめたことはない。
(3)体調が悪くても気分が悪くても、それを表情に出したことはない。

これらの質問は全てNOと答えなければ「嘘つき判定」が出て評価がガタ落ちなんだそうだ。アホらしいにもほどがある。お年寄りに席を譲る人はたくさんいるだろうに。「常に」というところに注意を払えということか。「深く考えるな」とされる性格検査でそんな語句の一字一句にこだわる人間こそが嘘つきなのではないだろうか。
 それに、僕だったら2番はYESと答えるだろう。なぜなら、僕は一度決めたことをやめるときには、必ず相応の理由と代替案をもってやめると決めているので、それを諦めでなく、変化だと捉えているからだ。そりゃあ、「本当に『決して』諦めたことはないのか」と聞かれるとNOと答えるしかないのだろうが、少なくとも、物事を諦めない覚悟で生きている人間がとっさにこの質問にNOと答えたとするならば、それこそが嘘つきか、よっぽど自分の信念に自信の無い軟弱野郎だということになる。
 一体こんな検査で何が分かると言うのか。実は先日、正直に答えた性格検査である会社の選考で落選した。だが、僕はこんなアホらしい試験の対策をする気は全くない。実験の時間ほうが1000倍大切だ。正直に答えてそれで落ちるんならしょうがない。こんな糞みたいな試験で人間を分類する会社はこちらから願い下げだ。後悔するがいい。