目に見えない価値があふれている

本読んだ。

かなり良かった。ものの値段がどうやって決まっているのかが分かりやすく書いてある。中学生、高校生向けの本らしいけど、書いてある内容は十分に高度で、大学生でも知らないことが多いんじゃないかと思う。ファーストフード・ゲームソフト・洋服といった、身近な商品の価格を例にして説明してくれているのだけれど、書かれていることの半分くらいは初めて知ったことでした。


本書の説明では、価格設定の基本はとにかく、

高くても買う人には高く買ってもらい、安くないと買わない人には安くして買ってもらう

という原則に従うということだ。世の中の商売で普通に見られる、時差式で値下げを行う・割引券を配る・おまけをつけて高値で売る・ブランドイメージを守る・プライベートブランドで安く売る、といった方法は、全てこの原則に従って行われている。反対に言えば、この原則を当てはめて考えれば、世の中のモノの値段のつけられかたの大半は説明できるということだ。
 特に印象に残ったのは、「値段を左右するのはコストではなく、買われるかどうかだ」というくだり。要するに、1000円のものが1000円で売っている理由は、「1000円だと元が取れるから」ではなく、「1000円だと一番売れるから」だということだ。だから、コスト度外視で価格競争のなすがままにしておくと、例えば、工場で大量生産できる製品(=希少価値・付加価値がない製品)の価格というのは、どこまでも原料費そのものに近づいていく。言い換えると、工場で発生する価値がゼロになるところまでモノの値段は下がり続けてしまう。材料費がかからずに複製が無限にできてしまうデジタル情報では、その傾向はさらに顕著で、今現実に、多くのデジタルサービスがタダ(0円)のレベルにまで値段を下げて提供されている(このあたりのことは、詳しい本が他にたくさん出ているのでまた読む)。
 だからこそ、多くの企業が過剰な価格競争が起こらないように、ブランドイメージや希少価値のような「目に見えない価値」の創造に躍起になる。その結果、世の中を回っているお金のうち、工場での材料費や人件費といった「本当の労働」に支払われる金額が、ブランディングや広告戦略といった「見えない価値を付け加えるための労働」に支払われる金額に対して、どんどん少なくなってしまっている。こうして創造的労働に富が集中していけば、いずれ「本当の労働」に携わる人たちが搾取の対象になってしまうかもしれない。(「水道水500mlに100円も出すとかバカだろ」で調べてみると面白い記事があります。)
 そして最後に、これを消費者の視点から考えると、

今の世の中には、「高く見せかけられているもの」や「安くなりすぎているもの」がたくさんある

ということになる。要するに、値段を信じると馬鹿を見るということだ。だけど、商売というのは売る人と買う人の双方の満足の上で成立するものであるので、公平かつ誠実な方法で行われる限り、問題ないというのが最近の僕の考え方。つまり、自己満足や思い込みのために見えない価値にお金を払うのも、安くて高品質なものを追い求めて価格競争に加担するのも、両方とも健康的な消費のしかたなのだと思う。その先の世界がどうなってしまうのかは別にして。