会社員を辞めて博士課程に出戻って半年たちました


明石海峡大橋

なにやら以下の記事にかなりの反響をいただき、突然普段の1000倍くらいのアクセスがあり、驚いております。
会社員を辞めて学振をとるということ - 日記なんで。

 会社を辞めて学振をとって博士課程に出戻ってきてちょうど半年が経ったわけですが、今の心境はというと「驚くべき後悔のなさ」です。自分でももう少し後悔していると思ってたんすけどね。やっぱり僕は研究者に向いてる。とにかく毎日がワクワクの連続で、本当に研究って面白いなーと思う。世界を相手に新発見を探求していく知的興奮、試行錯誤に寛容なアカデミアの文化、周囲のライバルや仲間の志の高さ、どれも会社員時代にはなかなか味わえなかった楽しさだ。僕は将来もアカデミアに残りたいと思っているけど、僕の研究分野でもポスドク問題はシビアで、常勤のポストはますます絞られ、天文学的に優秀な先輩が職探しに奔走している姿を見て苦しい気持ちになることもある。だけど、そうやって先が見えなくていつまでも冒険し続けなければならないこと自体、死ぬまでに鳥肌を立てたり涙を流したりする回数が多いほうが豊かな人生だと思っている僕にとっては面白いことだと思っていて、一回きりの人生、一つの会社に捧げるよりも、アップダウンがあるほうを選んで良かったんじゃないかなと思う。もちろん、こういう考えの人間は少数派であることは自覚している。もし100人で無人島に取り残されたとしたら、僕は新たな可能性を求めて大海に漕ぎ出す5人くらいの冒険者(半分はその後死ぬ)のほうに入るのだろうと思う。

仕事の進め方の自由度の高さも魅力だ。これは学振DCの最大の特権だと思うけど、

物事の優先順位が、案件の金額や、上司・顧客の意向ではなく、自分の意思で決められる

ということが最高に心地いい。大学とも学振とも雇用関係が無いことになっているというのは本当に搾取なんだけど、だからこそ自分の申請した研究テーマに100%のリソースを割くことができるという側面もあったりする。良いように言えば、学振DCの学生達は、「生きるか死ぬかギリギリの金と最大の自由を与えることで、どんな化けの皮を剥いでくれるのか」ということを試されているのだと思う。ポスドクになったり、常勤研究者になったりすると、雇用主や上司には逆らえなくなるから、優先順位を自分の意思で決めるのはどんどん難しくなる。本当に、今が一番自由で、一番可能性を拡大できる最大のチャンスだ。
 「正しい努力」。天下一品の総本店(聖地)に掲げてある、創業者の木村勉社長の言葉だ。僕はこの言葉がとても好きだ。短い言葉の裏に「間違った努力もある」という、手厳しい、成功者のメッセージが込められていると思う。舵を握るということは、当たり前だけど、成功も失敗も全て自分の責任であるということだ。単に一生懸命やれば成功するほど甘い世界ではない。自分の意思で優先順位をつけられるという、贅沢な環境と、その重みを感じながら大海に漕ぎ出したい。

 ちなみに僕は会社に一度就職したことも、後悔していない。もう一度人生があっても、修士で「一度研究の外に出て考えよう」と考えて就職し、3年くらいで「やっぱり研究が良いよね」となって戻ってくる人生を歩むと思う。結局、「人生の岐路で、将来後悔のしようが無いくらい迷ったかどうか」ということに尽きるのではないか。そうするしかない、という強い意志があれば、絶対に飛び降りたほうが楽しいし、後悔はないはずだ(それでも失敗する可能性はあるということは考えておいたほうが良いと思いますが)。

お金が無くても、無くしてはならないもの

 ところで、最初に会社を辞めてアカデミアに戻りたいという話をしたときに、100%歓迎してくれた研究者は僅かで、ほとんどの研究者が「安定して高給の職を捨ててこちらに来るなんてとんでもない」という反応だった。僕はこれが一番悲しかった。研究者ってホンマはめっちゃカッコいい職業だと思うんです。子供のあこがれの職業で常に上位だし、なんだかんだで世間的には尊敬の対象だし、大発見ができれば世間を賑わしてヒーローになることもできる。それなのに、戻ってこようとする人間に対し、自分の選んだ道を否定するような発言をするなんて、この業界の将来はどんだけ荒んでるのだ、と思った。
 それでも僕が戻りたいと思えたのは、数少ないながら「うっひょー研究めっちゃ楽しいし、茨の道だけどそれも楽しい!」という人達がいたからだ。とくに30代・40代になってそれを言える人達は、本当にカッコいいし、自分もそうなりたいと思った。「憧れ」と言ったらなんかダサいけど、それって結構大事なんじゃないかなと。確かにお金も安定もないけれど、この楽しさやワクワク感は、科学の最大の醍醐味であり、原動力だ。決して無くしてはならない。ただでさえ「やりがい搾取」なのに、「やりがい」すら無くしたら単なる搾取ではないか。なので、少なくとも僕は、進んでくる後輩に「めっちゃ楽しいで!金ないけどな!」ということを言えるように頑張りたいと思う。件の記事も、「もどるのはやめたほうがいい」ということが言いたいのではなく、「考えたうえで選ぶべき」ということを自分なりに書いたつもりだ。

さいごに

 改めて、件の記事(3か月前)を読み直すと、「今の自分にはそこまで激しいこと書けないなぁ」という感想で、自分も少しずつ、アカデミアの金銭感覚に洗脳されつつあることを自覚しました(自腹出張なんかも普通にやるようになってきたし、、、)まさに「会社員を辞めて、博士課程に戻ってきたあの時だからこそかけた文章」なのだと思います。もっと「好きなことやってんだから贅沢言うな」というコメントが多いかと思いましたが、ほとんどが同意・応援のコメントで、大変励みになると同時に、「やっぱりおかしいと思ってくれる人が多いんだな」ということに安心と自信を得られました。これからも頑張ります。

夕日@敦賀