ライフステージが一つ上がった

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初日の出@鉾田


元号が変わってすぐ、おそらく令和生まれ最初の1万人に入るであろう長女が生まれた。自分の子供に初めて会ったときどんな感想が発生するのかはとても興味があるところだったけど、一番最初にあったのは、とにかく母子健康な結果に終わってよかった、という感想で、次にその目を見て、意思のある生きた人間がこの世に産まれてきたのだ、という実感が沸いた。そして「この目は22世紀を見るのかもしれないし、この目で最後に見た人は23世紀まで生きるのかもしれない」ということを考えて、この子が自分に代わって未来を生きてくれるのだ、ということを考えた。

 今、それから3か月余り経つけど、怒涛の勢いで成長している。日に日にできることのバリエーションが増えていて、「今の娘にはもう二度と会えない」と思うと、毎日できるだけ見ていてあげたいと思うのだけど、それでも追い付かないくらい、自分の脳に記憶が書き込まれるスピード以上にどんどん成長している。最初は動物的なかわいさだったけど、だんだんと意志のある動きを見せるようになってきて、人間的な可愛さになってきている。これが言葉を話し出したりしたらどれだけかわいいのだろうかと思う。

 ところで僕は周囲から「結婚とか子供とか興味ないのかと思っていた」とよく言われる。確かに僕はとても多趣味で、仕事でも大きな目標があって充実しているし、平日も休日も含めて一人でも十分に人生を楽しめる自信がある。だけどそれは「一人でいることが好きだから」というよりは、「あれこれ行動して体験してみることが好きだから」と言うのが正確だろうと思う。なので僕にとって、結婚や育児は、「せっかくそういうイベントを体験する可能性が人生に用意されているのだから体験してみたい」という考え方のもとの行動と考えれば、一貫性があるのではないかと思う。

 もちろん、結婚や子供は一度スタートすると後戻りできないという点で、気軽に挑戦できる趣味とは別物だし、投入する費用や時間も人生スケールでかかってくる。だからこそ僕は、人生の残り時間との兼ね合いの中で、自分なりの考えを煮詰めてきた。結婚も子供も自分の意志だけで決まるものではないけれど、結果として今のタイミングになったのは、十分に考えたうえでの結論だ。確かに、独身時代と比べると一人の時間はほぼ無くなって、趣味も大幅に制限せざるを得なくなり、そのことを寂しく感じることもある。だけど、一人暮らしを10年、独身貴族として自由に散財できる(不当に)高給なサラリーマンを3年やったことで、世間的には十分に一人の時間を楽しんだはずだ。その満足感があるから、これから家庭のことに時間を割くことには不満や不安はないと言えるのだと思う。もしこの生活が、もっと若くして、一人の時間をほとんど過ごすこともないままに始まっていたとしたら、耐え難いストレスを抱えていたのではないかと思う。だから、若くして結婚して子供を育てている人たちはすごいと思うし、その分、人よりも早く子供が独立して楽になるのだろうから、そこから大人だけの人生を楽しむべきだと思う。自分の母親がそうだったから、余計にそう思う。

 今僕がこのように考えることができるのも、幼い頃から自由に意思を尊重して育ててもらって、ここまでの人生を自分なりに選択して生きてこられたと思えるからだ。僕はそのことにとても感謝と満足をしているので、自分の娘もそのようになってほしいと思う。だとすれば、娘が自分では何もできず、何もかもの世話をさせてくれる今の状況も、今しかない貴重な時間だ。意志を示し始めた段階でもう一人の人間として尊重しなければならないし、自分の人生を生きてもらわなければならない。僕には22世紀まで日本が存在しているのかも、世界が平和に存在しているのかも分からない。世の中はどんどん便利になるだろうけれど、それで豊かで余裕のある世界に向かっているのかどうかも分からない。楽なことばかりではないことは確実だ。だからどんな世界になろうと、娘が自分の意志と可能性を信じて前向きに生きていけるように導いていかなければならないと思う。

いつまでも勉強すれば道は開ける

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秋晴れ@水戸


 やることが多すぎて普通の月末のような雰囲気で淡々と暮らしているのだけど、今年もあと2日しかないらしい。いつものように去年自分が何を言っていたのかの確認と、来年自分がどうしたいかの宣言をしておきたいと思う。

 今、1年前に自分が書いた記事を改めて読み返すと、去年の自分は案外正しく自分の将来を案じていて、この1年で軌道修正を図れたのではないかと感じた。歳をとって自分の興味の幅が狭くなっていく危惧や、攻めの気持ちを忘れずにいたいという決意を綴っている去年の自分は、今思えば実際に気が緩んでいた。一言で言い表すなら「勉強する習慣」を忘れてしまっていたのだと思う。いつの間にか、僕はちゃんと勉強しない人間になっていた。

 その根本原因は自分の意志の弱さにあるのだけど、そのきっかけには会社員時代の経験があるのではないかと思う。修士までの学生時代は勉強して新しい知識を体系的に脳に叩き込むことは日常だった。ところが会社員になってからは人付き合いと付け焼刃の知識で乗り切るような仕事ばかりで、がむしゃらに勉強することを全然しなくなってしまった。今思えば、あまりにも誰も勉強をしない世界だった。いつの間にか、

成人して会社に入ったらもう一人前で、「脳みそを限界まで使って新しいことを勉強して複雑なことを理解する」みたいなことをしなくても良いのだ

という錯覚が自分の中に出来上がっていた。その後、会社を辞めて研究に戻ってきてから、最前線に追いつくためにそれなりに論文や教科書を読んできた。でもそれはあくまで「論文を書くために必要な情報取集」という位置づけで、以前のように脳みそを使い切るような勉強の仕方ではなかった。だから、この先自分の視野が広がっていくことが無いように感じていて、そのことに危惧を感じていたのだと思う。

 この1年で、研究が進んで、これまで以上に多様なテーマに手を付けるようになった。そこで、まだまだ自分の知らない世界が山のようにあって、将来の可能性も自分の勉強次第でまだまだ広がることに気が付くようになった。そして、自分がいつの間にか勉強しない人間になっていたことを自覚するようになった。勉強は学生時代で終わりではなく、いつまでもし続けなければならないし、それによっていつまでも可能性を広げ続けることができる。そう考えるようになって、質や量の高い知識を手に入れるため、学生時代のように、脳みその限界まで使って勉強する努力を惜しまないようになった。

 確かに歳をとれば、巻き戻せない過去は増えていき、未来の時間は減っていき、選べない選択肢は増えていく。だけどそれは一方的に将来の可能性や自分の視野が狭くなっていくことを意味しない。狭くなるものもあるかもしれないが、自分の視野も可能性も、まだまだ広げ続けることができる。そのために必要なのは、勉強し続けることだ。思っていたより、人生はいつまでも攻めることができる。今の自分は、去年の自分よりも、未来の可能性の広がりに期待を持てている。今、自分がこう思えていることを、去年の心配していた自分に伝えたい。

 来年で31歳で、30代が本格スタートする。今の自分が20代までの自分の努力の貯金で成り立っているとするなら、30代にやったことは40代で活きるのだと思う。しぼみかけていた20代後半を取り返すつもりで、しっかり勉強して、視野と可能性を広げていきたい。来年の今頃、「去年よりももっと未来の可能性が増えて楽しみになった」と言えるようにするのが来年の目標だ。

世界は偶然が支配している

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開聞岳の夜明け

 

人生って本当に偶然の連続だと思う。

  • 幼稚園のあの時、親があの本を買ってきてくれなかったら、僕が算数を好きになることはなかったかもしれない。
  • 小学生のあの時、あの友達に会わなかったら、僕はこんなに好奇心旺盛な人間になってなかったかもしれない。
  • 荒れていた公立中学校に通っていたあの時、最初のクラスで出席番号が隣で仲良くなったのがあの友達ではなく、あの悪ガキだったら、僕は大学には行ってなかったかもしれない。
  • 中学校の部活で、あの先輩と仲良くなっていなかったら、僕は進学校に行くことも、地元を出ることも考えなかったかもしれない。
  • 高校の進路相談での担任のあの一言がなければ、僕は別の学部に進み、今とは全く違った分野で働いていたかもしれない。
  • 大学のとき、あの一言をあそこで言わなければ、僕は後悔と挫折を味わうことも、そこから立ち直って自分を見つめなおすこともなかったかもしれない。
  • 大学院の研究であの実験の失敗がなければ、自分はあの現象に気が付くこともなく、研究者になるきっかけを逃していたかもしれない。
  • 就活のインターンであの人と同じ班にならなければ、あの社員が担当でなければ、僕はより給料の高い別の会社の内定を蹴ってまであの会社に入ることはなかったかもしれない。
  • 会社員時代のあの飲み会に行けなかったら、僕は今の妻には会えなかったかもしれない。
  • あの休日、天気が悪くて予定を翌々週に延期していたら、僕はあの大事故に巻き込まれていたかもしれない。
  • あの論文の査読者とエディターが違う人だったら、業績が間に合わずに、僕の今の立場は無かったかもしれない。

 少し考えるだけで、いとも簡単に自分の人生が全く違うものになっていたかもしれない偶然のイベントがいくらでも思いつく。今の自分の立場は、自分の努力の上に確固として成り立っているものなんかでは全然なくて、再現性の無い中立な偶然の積み重ねの上に立っているだけの不安定な存在だ。

 もっと考えると、自分が日々脳みそで考えていることも、今まで思っていたような確固としたものでは全然なくて、偶然的で再現性の無いものだと感じる。自分が今複雑なことを考えられていることも、奇跡的なことのように感じるし、ふとしたきっかけで、今と同じことが急に考えられなくなってもおかしくないとも思う。当たり前のように他人と会話で意思疎通ができることも奇跡のような気がしてしまうことがあって、失語症失読症だって無関係な話ではなく紙一重のところに存在していて、ふと今の自分を支えている偶然が途切れてしまったとたんに、自分が急にそうなってしまう可能性だって全然想像できてしまう。嫌なことが起こった時に、子供みたいに発狂せずに理性で自分を抑え込めるのは、当たり前のように見えて、実はすごく高度なことで、認知症になったことは無いけど、自分の脳が感情を抑えきれなくなる状況や、認知症になりうる未来は想像できてしまう。それくらい、脳みそは偶然で脆弱なものに支配されていて、信頼できるものではないと感じる。

 こんな世の中だから、明日だってどうなるか分からない。これからも、おそらくこれまでの人生以上に長い期間、不確実で再現性の無い偶然に支配されながら、でもそれを無意識に受け入れながら生きていくのだろう。自分にできることは、偶然やってきたチャンスを少しでも多くつかんで、そこに正しくリソースを注ぎ込んで、精一杯やりきって、楽しむことだ。そのために必要なのは、いつまでもアンテナを張って勉強し続ける向上心・好奇心と、変化を厭わず進み続ける行動力なのではないかと思う。それでもし幸せだと感じられる未来が来たときは、自分の幸運に感謝しなければならない。

歳をとって記事が書きにくくなった

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オフシーズン@ひたち海浜公園

ブログの更新がなかなかできない。忙しいということももちろんあるけど、それ以上に文章が書けなくなってしまったように思う。面白いネタを思いついたら書き留めておいて、時間があるときに更新しようとは思っていて、たまに画面を開くところまで来るのだけど、いざ書き始めると、文章の構成がなかなか決まらずに、あれこれと考えている間に1時間くらい経っていたりして、アホらしくなって止めてしまう。そういうことが何度もあった。

 なんでそうなってしまうのか?最初は単に「思考力が衰えて自分の頭の中身を文章にする能力が下がってきた」のではないかと思って危機感を抱いていたのだけど、もう少し考えてみて、歳をとって物事が多方向から見えるようになったことと、研究者生活での論文書きなどを通じて文章を厳密に書くのが習慣になってしまったことが理由ではないかと思うようになった。ふと思いついたネタを膨らませて文章を書こうとするときに、そのまま勢いで書いてしまっていた昔と違って、別の立場から見たらどう思うだろうか、そこに論理の矛盾がないだろうか、ということを考えてしまい、別の方向から見た時に叩かれそうなところがあれば、一般化しすぎないように主張をトーンダウンしたり、補足説明を書き加えたりすることになって、どんどん時間が経つ。そうしているうちに、もともと言いたかったことがほとんど言えなくなってしまって、結局取り下げることになってしまう。

 言い換えるとこれは「外に出す前に自分の頭の中で説明がついて消化できてしまう現象」が増えてきたということなのかもしれない。だとすれば、外からの情報や環境によって自分のモノの考え方が大きく影響を受けるようなことはこの先減っていくのだろう。バランス感覚が整ってきたという意味では良いことなのかもしれないが、丸くてつまらない大人になってしまったような気がして残念だし、このまま考え方が固定されていって「老害」になってしまうとしたらそれは嫌だ。この文章も、推敲しすぎると消してしまいそうなので、今考えていることを考えられているうちに出しておく。

失敗を恐れて真面目に生きてきてよかった

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真夏の日本海佐渡島

 

 新しい環境に移ってから半年が経とうとしている。学振ポスドクなので、毎日ほぼ100%の時間を自分のやりたいことに費やせていて楽しい。当然だけど、自由には責任が伴う。意味のあることに時間を使うための努力と思考を止めないよう、気を緩めず自分を律し続けている。

 一方で「この世を生きるのはそんなに難しいことではない」と最近思うようになった。というより、今まで自分は生きることの難しさを過大評価していたのだと思う。大人は子供に「大人になったら大変だ」と言うし、会社員は学生に「会社に入ったら大変だ」と言うし、ポスドクは学生に「ポスドクになったら大変だ」と言ってくる。だけどそんなことを言われながら、自分自身が歳をとって、人生も中盤になり、攻めどころと守りどころのバランスを考えたり、落としどころを探し始めたりするようになって見えてくるのは「そんな必死に頑張らなくても全然普通に生きられそうじゃん」ってことだ。真面目に生きるように脅されて、その通りに真面目に生きたら、真面目にやっているだけでも世の中では価値があるかのように扱われる。真面目に生きるように脅してきた大人には全然真面目じゃない人がたくさんいて、そういう人たちにも居場所は全然ある。ここでいう「真面目」っていうのは、抽象的だけど、学校で「良い子」として教わるような態度だと思っていて、約束を守るとか、言ったことを最後までやるとか、間違いを反省するとか、そういうレベルの話だ。

 ポスドクは茨の道だと言われていたけど、いざなってみて、周りを見渡してみればそこまででもない。真面目にやっていれば、そして行先を選り好みしすぎなければ、普通に職は見つかる。なので以前は、博士課程に行くかどうかを迷っている人に相談されたら、「良く考えたほうが良い」と言っていたけど、最近は「今行きたいなら行ったほうがいい、真面目にやってれば必ず職はある」と言うようにしている。

 思っていたよりも世の中ははるかに自由でイージーだ。山頂に続くレールばかり見えていたけど、実はその麓には広い裾野が広がっていて、そこにも人がたくさん住んでいる。正直な話、今からサボって生きても、今までの自分の努力の貯金を消化しながら居場所を見つけ続けられるのではないかとも考える。こういうことを思うようになって、自分を律して努力し続けることの意味が変わってきたと感じる。「失敗したくない」という感情ではもうモチベーションが続かない。何が失敗なのか分からないからだ。自分が明らかにしたいこと、挑戦したいことは何なのか、そのためには1日1日をどう過ごせばよいか、を考え続けることで自分を律し続けなければならないと思う。その結果として、一流の研究者になれれば面白い。

 色々遠回りしてようやく健康的に自分のやりたいことを追えている感が出てきた。失敗を恐れて真面目に生きる必要はなかったが、失敗を恐れて真面目に生きてきてよかったとは思う。自分の生き残りで頭が一杯だったのも過去の話になってきて、自分を真面目に育ててくれた環境やお世話になった人にお返ししたいという気持ちも出てきた。

  なんか半年前の記事とはまるで逆のことを言っているような気がするけど、今、ポスドクになって半年で率直に感じていることを記録しておく。

ミスるのが怖い


マッターホルンを望む@Riffelberg

 人生6度目の引っ越し。物件探しも慣れたもので、物件検索サイトの条件絞り込み機能・お気に入り機能・新着アラート機能を駆使して今回はサクサクと決めることができた。引越しに限らず、結婚だったり車や保険の購入だったり、人生に数回しかないライフイベントでは必ずこちらの経験の浅さに付け込んで業者がぼったくってくるけど、引越しに関してはこちらももはや素人ではないので、前の物件では退去立ち合いで騙し取られた2万円を契約書を根拠にして取り返したし、今回の引っ越しでも仲介業者や引越し業者と強気に交渉して納得のいく金額で契約できた。それでもなお、後になって調べてみるともっと削れた予算があったり、無駄な情報を調べることに時間を使ってしまっていたりしていて、次の引っ越しに向けて改善できそうなことはある。本当に引越しというのは面倒で、金がかかって、交渉ばかりで心が疲れる。
 そんな引越しの準備をしていると、毎度のことながら、懐かしいものが発掘されて手を止めて読み込んでしまうのだけれど、高校や大学受験、就職活動で自分がやってきた事の記録を改めて見直してみて、自分は本当にここまでミスのない人生を歩んできて、そのために物凄い努力をしてきたのだなと感心する。それを可能にしてくれた環境や周囲の人々の支えがなければ今の自分はあり得なかったのも事実だけど、これまでの自分の途方もない努力が無ければ今の自分があり得なかったのも事実だと思う。会社を辞めて研究に戻ってきてからの3年も、結局今振り返ってみると、自分の思い通りの方向に物事を進めて成果を出し、やるべきことをミスなく実現してこれたように思う。本当に上出来だと思うし、頑張ったと思う。だけどここまでミスなく来れたからといって、この先安心できるというわけではない。今の僕はやっぱり不安で、自分がやっていることがこの先思い描いているような成果にちゃんと繋がるのかどうか、全く自信が無い。そして3年後や5年後にどこで何をやっているのか、あても無いし、想像もできない。だからこれからもミスらないように気をつけないといけない。そのためにできるのは、これからもひたすら目の前の事を、自分のベストを尽くして必死にやり続けることだけだ。一体そのゴールはどこなのだろう。世の中のスピードがますます速くなって、生き残りをかけた戦いがますます激しくなっていく中で、安心して「あとはのんびり余生を送って死ぬだけだ」と言えるような時が僕に来ることは、ずっと無いような気がしている。まぁ、それならそれで、そのつもりで死ぬまで必死に生きていればいいので、それでいい(というか、そもそも生物には「余生」なんてものはなく、生き残れなくなったら死ぬだけで、それが普通だ)。あとはとにかく心身健康であってほしい。僕は体が不自由になったとたんに、精神的にもおかしくなってしまう気がしていて、とにかく健康を損なうことが怖い。だから、結局健康第一なのだと思う。死ぬ寸前まで健康に生き残ることができれば、それがゴールで、満足だ。ちゃんと食べて寝て運動して、必死に頑張る。それを淡々と続けていく以上にできることはない。これからもミスれない。ミスるのが怖い。

1年もあれば色々ある


Český Krumlovの城下町

 あっという間に年が明けた。毎年のように年越しの時期になると「色々あって長い1年だった」という感想を持つのだけど、良く考えてみれば一生80年として「1年」は一度きりの人生の1/80もあるわけでそれは色々無いとおかしくて、「色々あった」という感想を持つこと自体が一体「何と比べて」色々あったのか実は説明ができてなくて、「1年もあればそりゃ色々あるだろ」という感想のほうが普通なんじゃないかと思うようになってきている。しかしそれにしても、あらかじめ分かっていたことだけど、2017年は本当に色々なことがあった。
 まず、結婚した。修士を出て会社員を始めた6年前の時点では「自分は結婚するのかしないのか」という疑問からスタートしないといけないレベルだったのだけど、時間をかけて色々考えた結果「結婚すべき」という結論が自分なりに納得できる形で得られて、そこから「どうせいつか結婚するのなら早くしたい」という意見に到達して実際の行動に移るまではあっという間で、運よく気が合って一生一緒にいられそうな人に出会うことができたので結婚することにした。なんだかんだで10年以上も独り暮らしをし、独身貴族として趣味に散財した会社員時代も経て、幸運にも自分には独り身の生活を十分に満喫した自信があったので、それを失うことにはあまり悲しみはなかったし、これからは家族との時間を大事にしたいと思っている。その一方で「もはや自分一人の人生ではない」ということにとてつもないプレッシャーと恐怖を感じるようにもなった。遠距離だった妻は仕事を辞めて自分についてきてくれる選択をしたのだけど、僕は社会保険も福利厚生も無く、年収240万円の学振特別研究員だ。当然毎月赤字で、日々2人の貯金を切り崩して生活している。自分一人なら「日本にいれば死ぬことはないだろう」くらいのレベルの危機感で、ボロアパートで毎食お茶漬けみたいな生活をしていても幸せに研究ができるだろう(そもそも学振DCがそのような人達を前提にしているとしか思えない待遇だ)。だけど今の僕はそういうわけにはいかない。家庭があって、年齢相応に文化的な生活をし、年齢相応に人間関係にお金を使わないといけない。だから、赤字を垂れ流しながら、博士課程が終わるまでひたすら耐えている。
 幸いにもこの3月に予定通り3年で博士号を取得し、4月からは学振PDとして別の研究機関に勤めることが内定している。学振PDの年収は434万円だから、日本の同年代の平均くらいはあるのではないか思う。僕は基礎研究に向けられる「儲からないことを好きでやってるんだから給料低くても我慢しろ」という視線は今の時代もう仕方のないことだと思っていて、いずれ儲からない基礎研究に税金を出す余裕すら一切なくなるだろうし、今もらえているだけ有難いと思っている。学振DCの年収240万円はまともに生きていけない給料で、これで副業禁止なのは本当に狂っていると思ってるけど、学振PDの434万円には文句を言う筋合いはない(もっと金が欲しいなら儲かる研究をすればいい)。だけど依然として副業禁止で社会保険も福利厚生も一切なく、国民年金・健康保険は全額負担、労災も無いので自腹で傷害保険に入らないと受入研究機関で仕事をさせてもらえない。さらに必須要件となっているラボの異動に伴う引っ越しも全額自腹だ。少なくとも人材を引き留めようという意思が全くない待遇であることだけは明らかだ。この先、多額の借金(奨学金)の返済もあるなかで、おそらく共働きでないと満足に暮らしていけないだろうし、家族には何かと迷惑をかけることになる。高給会社員時代に知り合ったのに、ここまでついてきてくれている妻には本当に申し訳なく思っている。もう自分一人の人生で無いのだから、全てを捨てて研究に打ち込むような覚悟を持つことは、憧れるが、許されない。これからますます「生活のためならいつでも辞める」という気概とプライドを強く持って、ただ淡々と、自分の好奇心を満たし人類の知の拡大に貢献するためにやるべき研究を続けていきたい。
 色々なことがあったと言えばもう一つ、この夏は2か月半ほど海外に住んでいた。「いつか海外に住んでみたい」という思いはずっとあって、かといって人生の1年とか2年をいきなり海外生活につぎ込む時間的余裕や覚悟もなかったので、良いタイミングで渡航の助成を得ることができ、海外生活が経験できたと思う。何より新婚旅行を兼ねた滞在(妻の費用はもちろん自腹)で毎週末とても楽しかったし、肝心の仕事でも「自分の研究がどれくらい海外で通用するか」という感覚がつかめて、自信が得られたこともあれば、未熟さを感じたこともでき、想像していた以上に短期間で濃い経験ができた。
 仕事に関してはこの1年、総じて言えば、これまでになく前向きな感触が得られた。去年の今頃はまだ成果が少なくて、「本当に自分に実力はあるのか、もしかして自分はやる気があるだけで実力が無い奴なんじゃないか」という不安が常にあった。だけどこの1年で自分の研究分野でトップレベルの雑誌に論文を出すことができて、自分の論文作成能力が偶然ではないことが確認できたし、水面下で進めている研究でも次々と蒔いていた種が発芽して良い結果が出はじめていて、今年は論文が量産できそうな気配がある。まだまだ業績は一人前と言えるものではなく、ここから先も手を抜くと一瞬で死が待っているけど、このまま着実にやるべきことを積み重ねていけば、それなりに花開く研究はできるはずで、そこからさらに不確実な要素によって物凄い成果に化ける可能性もあるという自信を持てるくらいにはなってきた。過去の自分の記事を読むと「毎日研究が楽しくて死にたくない」とか「人生を賭けて生きることが楽しい」ということにいちいち感動をしている時期もあったけど、今やその感触自体が当たり前のものになっていて、むしろ「あり余る可能性のどれを捨てるか」という取捨選択に命を削る日々になってきていて楽しい。本当に研究に戻ってきて良かったと思う。
 ただその裏で、取捨選択を強いられるあまり、新しいことに対する貪欲さや興味が薄れてしまっている自分の姿に気が付くことも出てきはじめた。歳を取って経験値が溜まってくると、「自分にとって無駄なモノ」を判別して切り捨てるのが容易になってくる。自分自身が触れる情報量や選べる選択肢がそもそも増えたこともあるけど、見聞きする情報のうち「切り捨てる情報」の割合がかなり高くなったように感じていて、以前より不要なものに時間をとられず効率的な取捨選択ができるようになった一方で、以前よりも多くのものが「自分には関係の無い(関わりたくない)もの」として認識されるようになってしまった。この延長線上に老害と呼ばれる状態があるのだろうなぁということを認識しつつも、今はとにかく自分のやるべきことに集中するために余計なものを切り捨てるのに精いっぱいなので、当面はこういう傾向の自分を受け入れることになるのだと思う。一昨年の年末の記事で、「カードを引くフェーズからカードを切って上がるフェーズに」ということを書いたけど、まさに自分の持っている可能性を「広げる事」より「伸ばしていく」ことに注力しなければならない段階にあると感じる。
 さて、今年の目標。「●●をやる」という目標は、自分自身でやるべきことがはっきりしていてそれに同意できている今の状況で改めて目標として言い聞かせるまでもなくやることなので、もう一段メタに立って、自分が忘れてしまいがちなことを忘れないことを目標にしたい。それは「攻めの姿勢を忘れない」ということだ。この1年で、家庭ができて、研究成果が積みあがってきて、「失うもの」が増えてきたことに重圧と恐怖を感じるようになってきていて、「人生どこまで攻めて、どこから守るべきか」というバランスが益々難しくなってきていると感じる。一方で、自分なりにこれまで社会の様々な場所で経験してきたことから感じるのは、この社会(この国)のシステムは「守りに入った人」に有利にできていて、あらゆる場面で「攻めから守りに入らせるような誘惑」を仕掛けてくるということだ。来年は今以上に研究者としての業績が溜まるだろうし、もし家族が増えるようなことがあれば、ますます「守りへの誘惑」が増えて、何も考えずにこのまま放っておくと僕はどんどん守る方向に進んでしまうだろう。もちろん、もう自分一人の人生ではないので無茶はできない。いよいよ今年から30代になってしまうし、家族にはどこかで定職に就き定住してほしいと言われていて、僕も「食えなくなるくらいなら研究を辞めてでも安定した職業に就く」ということを約束している。いずれ守りが主体の人生になってこないといけないだろう。ただその前に、攻められるうちに、「守りに入ると攻められなくなるところ」をきちんと攻めて、築けるものはしっかりと築いておきたい。だから「守りへの誘惑」に対しては、新卒採用で突然与えられる正社員の身分を疑いなく全面的に受け入れるようなことはしたくなくて、守るべき場所と攻めるべき場所を自分自身でじっくりと吟味して少しずつ体制をつくりあげていきたい。これから学振PDが切れるまでの3年間が、人生で最も自由度が高く主体的に研究ができる期間になるはずだ。与えられた絶好のチャンス、そのことを常に自覚して、成功しても失敗しても、やり残したことだけは作らないように、考え続け、行動し続けていきたい。

Mont Saint-Michelから望むイギリス海峡