用意周到マゾ
常に最悪の展開を予測しておくことは、あらゆる出来事に冷静に対処する上での常套手段だ。やる前からできない事を予想し、提案する前から否定されることを予想し、好きになる前から嫌われることを予想する。まぁ、それでもしてしまうってことは本当は自信があるってことなんだけどね。用意周到マゾと呼んでいる。
というわけで、今のうちから、できるだけ社会人の生活を厳しく設定しておいて、それを模擬体験しておくことで、来年からの激務にノーストレスで対応できる強靭な精神作りを目指している。同時進行で、通勤ラッシュ(実際朝は渋滞するしね)を避けるための朝方生活への適応も早くも実施中だ。具体的には、6時台には家を出て、家には11時を過ぎるまで帰らないという生活を展開している。
ただ、拘束時間だけでは来年からのうっとうしい生活を再現したとはいわない。プレッシャーが無いからだ。お金をもらってやる仕事には常に納期と責任がつきまとう。ただだらだらと朝から晩まで学校にいて、自分の好きな論文を書いているのとは訳が違うのだ。だから、僕はさらに、責任をも再現するために、「今日はこれが終わらないと帰れない」という目標を毎日設定することによって、社会人を苦しめる納期をも模擬的に再現するという試みを展開している。
しかしながら今日、問題が起こった。論文書きにつまづいて、一段落書くのに半日使ってしまい、23時30分の時点で当初のノルマの20%程度しか達成できなかったのだ。これこそ、社会人だったらまさに「やるしかない」状況なわけで、徹夜でもなんでもして仕上げるべきところであり、苦しい社会人の境遇を味わう絶好のチャンスだったのだが、僕はなんと、自分を襲う睡眠欲と帰宅欲の前に、模擬社会人欲をあっけなく捨て去り、「本来社会人ならば、その日のうちにノルマが達成できる見込みが薄くなった時点で、つまづいた場所を飛ばしてでも仕事を形にするなり、誰か仲間に相談するなり、達成計画そのものを変更するなりするはずであり、今回はそれを学んだということで、用意周到マゾの成果があったじゃないか」という解説をつけることによって、強烈な自己嫌悪に陥りながらも、帰宅の選択肢をとる決断を下してしまった。そして今、「ブログに書いて自分の行動に解説をつければ納得するだろう」という気色に至り、キーボードをたたいている次第です。