理想と現実、理論と現実

 生態学の中に、数理生態学っていう分野があるんだけど、とても面白い。
ようは数式で生物や遺伝子の動態を把握する分野で、
ある場所にいる生き物の数の変化を、死亡率や繁殖率、移動率などの関数と考えて式で表したり、
ある遺伝子が選択される過程を、その遺伝子の適応度や、生物集団の大きさを変数にとって説明したりしようとする。
純化された「理想」をでっちあげて作ったモデルによって、現実世界での挙動を把握できる、ってのが面白い。
化学で、ありもしない「理想」気体をでっちあげたことが、現実の理解に貢献したみたいに。


 でも、化学と違って生物がさらに面白いのは、安定しないもの、動き続けるものを扱っているところだと思う。
数式で収束しないモデルを作ったり、そもそも「不安定さ」みたいなものが前提として変数化していたり。
しかし、どれだけ多くの変数を考慮に加えても、実際の生物の動態は、モデルでは到底説明のつかない複雑な挙動を示す。
気体はフラスコの中に閉じ込められるけど、生物が生きているのは空間的にも時間的にも、2つとない「世界」だ。


 その世界の複雑さに圧倒されながらも、無限の変数の中で、見えている変数だけを使って合理的なモデルを作ろうと頑張る、
その挑戦的な姿勢がかっこいい。