今は専門を極める練習

 研究が急展開を迎えていて、とても面白いことになってきた。ずっと考えていた仮説が実証されただけでなく、過去の研究でも別の状況で似たような現象が報告されていたことが分かってきて、(遠い)将来には医療などの実学分野でも役に立つかもしれない新たな可能性も見えてきた。間違いなく、「大発見」であると僕は感じている。楽しすぎる。
 こんな大発見を、修士論文で締めくくってしまうのは心惜しいと思うし、今の僕に、「博士課程進学を選んでおけば良かった」という後悔が無いと言えば嘘になる。ここまで積み上げてきた専門性を反故にしてしまうのは、あまりにももったいないことだと自分でも思う。アカデミアを去るということは、一度専門性を捨て、交換可能な社会人の一員としてゼロから生きていくということだ。しかも、アカデミアに比べてはるかに母集団が大きい社会人界では、新たに専門性を積み上げて他人に求められる存在になることはとてつもなく大変なことだ。もしかすると、このまま研究を続けて、専門を極めて、とてつもなく狭い世界で世界一を走り続けるほうが、世の中から求めてもらえる総量は上なのかもしれない。
 だけど、冷静になって考えると、やっぱり答えは変わらない。博士課程に進学したとして、僕はいずれ、自分が属している社会について無知なまま、研究者という視野の狭い人間として生きていくことに違和感を感じるはずだ。いくら研究が楽しかろうと、いくら大きな発見をしようと、自分が生きている世界の全体像を知ろうとしないまま、僕は生きていけない。
 就職して数年間は、交換可能な人間でいいので、とにかくがむしゃらに社会経験を積みたい。自分の専門性については、「世界を一通り理解した」と思えてからもう一度考え直せばいいと思っている。今の研究は「専門を極めるとはどういうことか」というのを理解するための練習期間だ。卒業までの間、世界一になる快感を味わいつくしたい。