自分の仕事の値段を自分で決められているか


今年の紅葉は赤緑混交でした@東福寺

 研究者は「プロ意識を持って仕事ができる」という点で恵まれているなと思う。プロ意識とは、「自分の仕事へのこだわり」であり、「常に本気を出して最高のものを提供する」という気概だ。僕が会社を辞めることを考えるようになったきっかけとしても、プロ意識を持って仕事に取り組めない会社の環境に不満があったというのは大きかった。
 言うまでもなく、会社の目的は、利益だ。「頑張っても頑張らなくても利益は同じ」という場合、「できるだけ頑張らずに合格点をとって、余った労力を別の仕事に回す」というのが基本的に正しい考えだ。だからビジネスの現場では「顧客の期待を超える最高の仕事で相手を感動させたい」という考えの社員よりも「顧客の期待値レベルを読んで、そのスレスレを攻めてたくさん稼ぐ」社員のほうが高い評価を得られるということが往々にして起こる。プロ意識を持って仕事に取り組む自信と覚悟がありながら、利益を追求する会社に「質より量」で仕事を詰め込まれ、やりたいように仕事ができなくて悶々としている人は、世の中にたくさん存在するはずだ。
 僕自身にとっても、この「効率よく稼ぐためには手を抜けるところは抜け」という考え方は、ビジネスとして正しいことは理解していても、なかなか受け入れがたいことだった。自分の仕事に常にこだわりや自信を持っていたいし、こだわり抜いてないものを外に出して相手に「こんなもんか」と思われながらしぶしぶお金を払ってもらいたくはない。それに、そうやって一生懸命やることを怠って仕事を続けていると、期待値攻めのスキルばかり身について、自分自身も成長できない、と思っていた。
 ではそうならないためにはどうしたらいいのだろうか?プロ意識を持って仕事をすることと、利益を上げることは、両立しないのだろうか?
僕は

自分たちの仕事に自分で値段をつけられているかどうか

ということを、プロ意識を持って仕事に取り組むうえでの必要十分条件として重視すべきなんじゃないかと思っている。平たく言えば「売り手市場に持ち込む」ということなのだけど、「プロフェッショナル」なんかで取り上げられるいわゆるプロの仕事をしている人たちを見ても、この点はほぼ共通していると思う。プライドを持ってプロの仕事をする代わりに、金額はこちらで決め、安い仕事は基本的に受けない、という態度を徹底することが、手抜きの仕事を生み出さないようにするためには必要なのではないだろうか。
 プロ意識を持って仕事をするということは、相手の期待値によらず、自分のベストパフォーマンスを提供し、期待を超える感動を目指すということだ。常に全力で仕事をし、自分を磨き続けているから、実力も自信もある。だから限界までこだわっても元を取れるというだけの値付けができる。これで回っているビジネスが、プロ意識と利益を両立できている仕事と言えるのだと思う。
 「プロの仕事なんか要らないから安くしろ」という需要ももちろんある。すべての仕事がそうあるべきとは思わないしそうはならないだろう。だけど、こだわりが強くて、学者肌で、仕事を通じて他人と交換不可能な専門性を磨きたいという僕みたいな人間は、働く環境を選ぶとき、この「価格を自分で決められているかどうか」という点を最大限重視すべきだと、今改めて会社員時代を振り返ってみて思う。
 今思えば、就活時に内定を辞退した外資コンサルは、まさにこの「高価格のプロの仕事」をやっている会社だった。これは就活生の目としてだけでなく、就職して同業他社の目線から見てもそうだった。僕は「できるだけ広い業界の仕事をして視野を広げたい」というのが就職動機だったので、お客さんの懐事情に合わせて少額案件も手掛け「質より量」の仕事ができる国内系の会社のほうを選んだ。予想通り、かなり幅広い業界の仕事をすることができたし、高価格路線ではお付き合いできなかっただろうお客さんとも仕事ができた。そういう点では、満足だった。だけど、僕はやっぱり「プロ意識」へのこだわりが強かった。そしてそこが会社に対する不満につながっていった。「値段相応の仕事をするべきだ」という考え方に慣れ、「限界までこだわって仕事をする」というプロ意識をだんだん忘れて、そのことに違和感が無くなっていく自分が怖かった。そういう意味では、もし外資のほうに行っていたとしたら、「会社員というもの」に対して感じていた印象も、自分の人生も大きく変わっていただろうと今になって思う。
 今、研究に戻ってきて、「間違いなく自分が世界で一番詳しい」と言えるものがあって、楽しい。僕はやはり、研究者に向いていると思う。研究はビジネスではないけれど、研究において「自分で価格を決める」というのは「どんどん向こうから声がかかってきて、こちら側から研究成果を共有する相手を選ぶことができる」ということだと思っている。常にこだわってフルパワーの仕事ができる今の環境をできるだけ長続きさせられるよう、頑張りたい。