自意識過剰から自信過剰へ

 最近、否定されることに対する耐性が抜群に上がってきた気がする。それは多分「誰がなんと言おうと自分は正しいのだ」という自信を持つ方法が分かってきたことと、「結局人間利己的で他人のことなんてあまり興味ないんだよね」と考える冷静さが身についたことが理由だと思う。以前は否定されることをとにかく恐れて、優等生を演じることに必死だった。優等生に見せてる人ほど、実は自信が無くて中身は打たれ弱い。そんな気がする。
 要するに、自意識過剰から自信過剰になってきたということだ。一方で、否定耐性が上がると同時に懸念になってくるのが「裸の王様」になってしまうことだ。確かに、自分が良いと思っていれば、他人に迷惑をかけなければ、何をやってもいいとは思う。せっかくこんな裕福な国に生まれたのだから、自由に生きて、人生を楽しめばいい。今はそう思う。だけどやっぱり、その中で他人に求めらる役割を果たしたい。どうせ我が道を歩くのなら、「何を言ってもあいつは聞かないんだから放っておけ」となるより、「あいつ決断力あって頼りになるな」みたいになるほうがいい。
 小泉元首相が孤高の変人で子分も親分も持たない人だったという話は印象深い。鳩山元首相も紙一重だったに違いない。自信がありすぎると、誰にも欲されない変人になるか、重責を恐れない頼れるリーダーになるか、その境界に線を引くのがどんどん難しくなっていく気がする。この両者の間のバランス感覚を身に着けることが、残りの学生生活の目標だと思っている。